No. 6473
備前徳利
¥600,000
売約済み作品説明
初代人間国宝にして偉大なる備前焼中興の祖、金重陶陽先生の備前徳利です。
陶印が比較的短めの「ト」になっていることから、
昭和30年代後半に制作された最晩年期の作品であると思われます。
作品全面に柔らかでキメ細かいカセ胡麻が出ており、
総カセ胡麻とも呼べる珍しい景色を持った徳利です。
底部から腰回りにかけてはほのかに橙色の土味が出ており、
カセ胡麻の下に極上の土味を隠している事を匂わせつつ、
酒に濡れてより美しい色合いとなって見る者を楽しませてくれます。
また、本作は更にもう一手奥の手を持っており、
口縁部内の首の内側となる部分をじっくり覗き込むことで、
徳利内部の極上の緋色が少しだけ垣間見えるという実に面白い仕上がりになっています。
造形の面でも最晩年期の陶陽先生の特徴がよく出ており、
晩年になるにつれて口作りが小さく、胴の作りはより堂々としたものになりますが、
本作も実際より一回り大きく感じさせるような堂々とした胴の作りに対し、
小振りで非常に上品な口造りとなっています。
名人らしい見事な口造りは酒を注ぐ際に、
徳利の語源ともなったトクリトクリという音を優雅に奏でます。
陶印が比較的短めの「ト」になっていることから、
昭和30年代後半に制作された最晩年期の作品であると思われます。
作品全面に柔らかでキメ細かいカセ胡麻が出ており、
総カセ胡麻とも呼べる珍しい景色を持った徳利です。
底部から腰回りにかけてはほのかに橙色の土味が出ており、
カセ胡麻の下に極上の土味を隠している事を匂わせつつ、
酒に濡れてより美しい色合いとなって見る者を楽しませてくれます。
また、本作は更にもう一手奥の手を持っており、
口縁部内の首の内側となる部分をじっくり覗き込むことで、
徳利内部の極上の緋色が少しだけ垣間見えるという実に面白い仕上がりになっています。
造形の面でも最晩年期の陶陽先生の特徴がよく出ており、
晩年になるにつれて口作りが小さく、胴の作りはより堂々としたものになりますが、
本作も実際より一回り大きく感じさせるような堂々とした胴の作りに対し、
小振りで非常に上品な口造りとなっています。
名人らしい見事な口造りは酒を注ぐ際に、
徳利の語源ともなったトクリトクリという音を優雅に奏でます。
作品情報
- 器種
- 徳利
- 寸法
- W9.2cm×9.1cm×H12.7cm 400cc
- 商品説明より
- 共箱(四方桟)
口縁3.3cm×胴径9.2cm×胴径9.1cm×高さ12.7cm 容量 約400cc
作家紹介・陶歴
金重陶陽先生(1896年~1967年 備前市伊部生まれ)は、備前焼六姓の一つである金重家の分家、窯元・金重楳陽先生の長男として生まれました。
父に師事して作陶を始め、手づくりの宝瓶で名を高めました。
大正期から昭和初期にかけて、窯詰めや焼成方法、伝統的な土づくりなどの研究を重ね、1930年に桃山風備前の土味を再現することに成功しました。1932年頃からは轆轤による制作を始め、茶陶の制作にも力を注ぎました。
川喜田半泥子先生、荒川豊蔵先生、三輪休雪先生らと交友を深め、戦後には北大路魯山人先生、イサム・ノグチ先生らからも影響を受け、芸域を広げました。
江戸から明治を経て衰退していた備前焼に新風を吹き込み、その功績から「備前焼中興の祖」とも呼ばれています。
1954年に岡山県重要無形文化財保持者に認定され、1956年には備前焼で初めて国指定重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝に認定されました。
1964年と1966年には、ハワイ大学夏季大学講師として招かれました。
1967年には昭和天皇・皇后両陛下が備前をご訪問された際に御前制作を行いました。
1967年に逝去されました。
主な受賞・顕彰歴:中国文化賞、山陽新聞賞、岡山県文化賞、紫綬褒章、勲四等旭日小綬章など
父に師事して作陶を始め、手づくりの宝瓶で名を高めました。
大正期から昭和初期にかけて、窯詰めや焼成方法、伝統的な土づくりなどの研究を重ね、1930年に桃山風備前の土味を再現することに成功しました。1932年頃からは轆轤による制作を始め、茶陶の制作にも力を注ぎました。
川喜田半泥子先生、荒川豊蔵先生、三輪休雪先生らと交友を深め、戦後には北大路魯山人先生、イサム・ノグチ先生らからも影響を受け、芸域を広げました。
江戸から明治を経て衰退していた備前焼に新風を吹き込み、その功績から「備前焼中興の祖」とも呼ばれています。
1954年に岡山県重要無形文化財保持者に認定され、1956年には備前焼で初めて国指定重要無形文化財保持者、いわゆる人間国宝に認定されました。
1964年と1966年には、ハワイ大学夏季大学講師として招かれました。
1967年には昭和天皇・皇后両陛下が備前をご訪問された際に御前制作を行いました。
1967年に逝去されました。
主な受賞・顕彰歴:中国文化賞、山陽新聞賞、岡山県文化賞、紫綬褒章、勲四等旭日小綬章など
