No. 7119
備前徳利
¥90,000
売約済み作品説明
神業と呼ばれた他の追随を許さない素晴らしい技を持ち、
名品を数多く作り上げた人間国宝 山本陶秀先生の備前徳利です。
職人としてキャリアをスタートさせ陶秀先生が、
激動の時代を経て岡山県の重要無形文化財に認定された頃の徳利です。
生涯轆轤と向き合って生きてきた達人らしい、
左右対称で非常に端正な造りは見ていて心地が良いです。
白色の強いかなり明るめの土味に非常に薄い金彩が乗っており、
まるで作品全体をプラチナでコーティングしたかのような土味が面白いです。
凍てついたかのような色合いの抜けや、吹墨のような円形の灰被りなど、
この時期の陶秀先生らしい軽やかで清潔感のある表情を持っています。
陶秀先生らしい強い焼き込みによる黒胡麻も背面に出ており、
器肌に張り付くように焼けたマットな黒胡麻が前述の土味と引き立てあっています。
箱書や陶印及び作風などから見て最晩年期の作品ですが、
力強く膨らんだ胴部は威厳と格調高さを兼ね備えており、
論理や術理を超越して肉体が職人としての技をしっかりと記憶していることが伺えます。
名品を数多く作り上げた人間国宝 山本陶秀先生の備前徳利です。
職人としてキャリアをスタートさせ陶秀先生が、
激動の時代を経て岡山県の重要無形文化財に認定された頃の徳利です。
生涯轆轤と向き合って生きてきた達人らしい、
左右対称で非常に端正な造りは見ていて心地が良いです。
白色の強いかなり明るめの土味に非常に薄い金彩が乗っており、
まるで作品全体をプラチナでコーティングしたかのような土味が面白いです。
凍てついたかのような色合いの抜けや、吹墨のような円形の灰被りなど、
この時期の陶秀先生らしい軽やかで清潔感のある表情を持っています。
陶秀先生らしい強い焼き込みによる黒胡麻も背面に出ており、
器肌に張り付くように焼けたマットな黒胡麻が前述の土味と引き立てあっています。
箱書や陶印及び作風などから見て最晩年期の作品ですが、
力強く膨らんだ胴部は威厳と格調高さを兼ね備えており、
論理や術理を超越して肉体が職人としての技をしっかりと記憶していることが伺えます。
作品情報
- 器種
- 徳利
- 寸法
- W9.0cm×9.0cm×H13.5cm 410cc
- 商品説明より
- 共箱(四方桟)
口縁3.5cm×胴径9.0cm×9.0cm×高さ13.5cm 容量 約410cc
作家紹介・陶歴
山本陶秀先生(1906年〜1994年 備前市伊部生まれ)は、
大正10年に陶芸の世界に入り1933年に築窯して独立しました。
その後、京都の陶芸家の楠部弥一先生に師事して陶技を磨きました。
戦後は北大路魯山人先生やイサム・ノグチ先生らと交友を深めました。
陶秀先生は「轆轤の陶秀」と呼ばれるほど轆轤技術に優れ、
左右対称の繊細な作品を好んで制作されていました。
特に茶入の制作に意欲的に取り組み、茶陶の名工としての地位を確立しました。
1987年に国指定重要無形文化財保持者となりました。
1992年に「六古窯の旅 人間国宝 山本陶秀展」を開催しました。
主な受賞歴・・・岡山県文化賞、三木記念賞、山陽新聞賞、中国文化賞、毎日芸術賞、備前市功労賞、紫綬、紺綬褒章、勲四等瑞宝章、備前市名誉市民
大正10年に陶芸の世界に入り1933年に築窯して独立しました。
その後、京都の陶芸家の楠部弥一先生に師事して陶技を磨きました。
戦後は北大路魯山人先生やイサム・ノグチ先生らと交友を深めました。
陶秀先生は「轆轤の陶秀」と呼ばれるほど轆轤技術に優れ、
左右対称の繊細な作品を好んで制作されていました。
特に茶入の制作に意欲的に取り組み、茶陶の名工としての地位を確立しました。
1987年に国指定重要無形文化財保持者となりました。
1992年に「六古窯の旅 人間国宝 山本陶秀展」を開催しました。
主な受賞歴・・・岡山県文化賞、三木記念賞、山陽新聞賞、中国文化賞、毎日芸術賞、備前市功労賞、紫綬、紺綬褒章、勲四等瑞宝章、備前市名誉市民
