No. 8150
緋襷ぐい呑 最上土ニテ
¥88,000
売約済み作品説明
金重素山先生の長男として円山窯を受け継ぎ、
繊細で優雅な土味と力強い造形の調和により多くの人々を魅了する金重 愫先生の備前緋襷ぐい呑 最上土ニテです。
令和7年末に窯出しされた作品です。
「最上土ニテ」と箱書きにある通り、これ以上ない極上の田土で制作され、
円山窯にて焼き締めてしっとりとした肌合いとなった緋襷酒呑です。
40年程度前、素山先生と愫先生で見つけた最高級の粘土を、
機械を使わずに土作りを行った後に、蔵で眠らせていたままになっていたそうです。
愫先生に「使わずに死ぬことは勿体なくて出来ない」と言わしめた程の粘土であり、
これまでの愫先生の緋襷作品の特徴である粗めの土肌とは打って変わって、
裏漉しでもしたのかと思わせるほどきめ細かい土肌となっています。
先代の金重素山先生が、緋襷作品にはやや粗めの土を選んで用いておられたので、
その点から考えてもまさに「ありえない程」贅沢な酒呑であることが分かります。
轆轤を用いた立ち上げのみに留めて、過度な装飾を避けて土の味わいを表現の中心に据え、
土の良さを証明するように鮮やかさを持ち、藁がそっと触れるような繊細な緋襷掛けを見せつつ、
裏返した時の高台のみで圧倒的な存在感を示してくるのは流石としか言いようがありません。
繊細で優雅な土味と力強い造形の調和により多くの人々を魅了する金重 愫先生の備前緋襷ぐい呑 最上土ニテです。
令和7年末に窯出しされた作品です。
「最上土ニテ」と箱書きにある通り、これ以上ない極上の田土で制作され、
円山窯にて焼き締めてしっとりとした肌合いとなった緋襷酒呑です。
40年程度前、素山先生と愫先生で見つけた最高級の粘土を、
機械を使わずに土作りを行った後に、蔵で眠らせていたままになっていたそうです。
愫先生に「使わずに死ぬことは勿体なくて出来ない」と言わしめた程の粘土であり、
これまでの愫先生の緋襷作品の特徴である粗めの土肌とは打って変わって、
裏漉しでもしたのかと思わせるほどきめ細かい土肌となっています。
先代の金重素山先生が、緋襷作品にはやや粗めの土を選んで用いておられたので、
その点から考えてもまさに「ありえない程」贅沢な酒呑であることが分かります。
轆轤を用いた立ち上げのみに留めて、過度な装飾を避けて土の味わいを表現の中心に据え、
土の良さを証明するように鮮やかさを持ち、藁がそっと触れるような繊細な緋襷掛けを見せつつ、
裏返した時の高台のみで圧倒的な存在感を示してくるのは流石としか言いようがありません。
作品情報
- 器種
- ぐい呑
- 寸法
- W6.6cm×6.6cm×H6.1cm
- 商品説明より
- 共箱(四方桟)
径6.6cm×6.6cm×高さ6.1cm
作家紹介・陶歴
金重 愫先生は金重素山先生の長男として1945年に岡山県で生まれました。
京都大学農学部を卒業した1969年から、金重素山先生の下で陶芸の道に入られました。
その後、1979年に現在の岡山市円山で独立されました。
轆轤を使用して主に茶陶を手掛け、深みのある強い焼成が持ち味です。
装飾をできるだけ排し、己の魂をストレートに土にぶつけることにこだわられています。
現在は個展を中心に活動されています。
岡山・東京・大阪・名古屋・京都・広島・福岡・熊本の各百貨店等で、
毎年精力的に個展を開催されています。
また1995年にはドイツ・ミュンヘンで個展を開催されました。
1997年には備前焼パリ展にも出品されています。
2019年には岡山県文化賞を受賞されました。
京都大学農学部を卒業した1969年から、金重素山先生の下で陶芸の道に入られました。
その後、1979年に現在の岡山市円山で独立されました。
轆轤を使用して主に茶陶を手掛け、深みのある強い焼成が持ち味です。
装飾をできるだけ排し、己の魂をストレートに土にぶつけることにこだわられています。
現在は個展を中心に活動されています。
岡山・東京・大阪・名古屋・京都・広島・福岡・熊本の各百貨店等で、
毎年精力的に個展を開催されています。
また1995年にはドイツ・ミュンヘンで個展を開催されました。
1997年には備前焼パリ展にも出品されています。
2019年には岡山県文化賞を受賞されました。
