No. 864
備前徳利
¥220,000
作品説明
豪放磊落で優しさが滲み出るような温かな作風で万人に愛された、藤原 啓先生の登り窯焼成による落ち着いた色調の緋襷が特徴的な徳利です。全体が緋色がかっており、もっちりとした雰囲気のある土味となっています。啓先生らしい愛嬌のあるらっきょう型のフォルムも愛らしく、少し崩れた感じが何とも言えない味わいをつくり上げています。小振りの徳利で晩酌に丁度良い大きさで、じっくりと時間をかけて育てていきたくなる作品です。
底部に小さな窯疵がございますので予めご了承下さいませ。
敬介識箱(四方桟)
口縁3.2cm×胴径8.6cm×胴径8.5cm×高さ12.2cm 容量 約280cc
底部に小さな窯疵がございますので予めご了承下さいませ。
敬介識箱(四方桟)
口縁3.2cm×胴径8.6cm×胴径8.5cm×高さ12.2cm 容量 約280cc
作品情報
- 器種
- 徳利
作家紹介・陶歴
藤原 啓先生(1899年〜1983年 岡山県備前市生まれ)は、備前市穂浪在住の国文学者 正宗敦夫氏の進めで備前焼の道へ。三村梅景氏にろくろ成形などの手ほどきを受け、1941年からは、同じ人間国宝の金重陶陽先生に焼成法などを学び、陶技の腕を磨きました。鎌倉・室町の雑器に見られる素朴さや豪放さに倣い、おおらかで明快な作風の壺や花器を製作されていました。若い時代に吸収した芸術に対する教養が作品に影響を及ぼしています。1954年、備前焼二人目の国指定重要文化財(人間国宝)保持者となり、1958年には日本工芸会理事に。1977年に岡山県備前市に藤原啓記念館を設立しました。
主な受賞歴・・・岡山県文化賞、山陽新聞賞、中国文化賞、備前市名誉市民、岡山県名誉県民、没後従五位勲三等瑞宝章受賞 豪放磊落で優しさが滲み出るような温かな作風で万人に愛された、藤原 啓先生の登り窯焼成による落ち着いた色調の緋襷が特徴的な徳利です。全体が緋色がかっており、もっちりとした雰囲気のある土味となっています。啓先生らしい愛嬌のあるらっきょう型のフォルムも愛らしく、少し崩れた感じが何とも言えない味わいをつくり上げています。小振りの徳利で晩酌に丁度良い大きさで、じっくりと時間をかけて育てていきたくなる作品です。
底部に小さな窯疵がございますので予めご了承下さいませ。 敬介識箱(四方桟)
口縁3.2cm×胴径8.6cm×胴径8.5cm×高さ12.2cm 容量 約280cc 藤原 啓先生(1899年〜1983年 岡山県備前市生まれ)は、備前市穂浪在住の国文学者 正宗敦夫氏の進めで備前焼の道へ。三村梅景氏にろくろ成形などの手ほどきを受け、1941年からは、同じ人間国宝の金重陶陽先生に焼成法などを学び、陶技の腕を磨きました。鎌倉・室町の雑器に見られる素朴さや豪放さに倣い、おおらかで明快な作風の壺や花器を製作されていました。若い時代に吸収した芸術に対する教養が作品に影響を及ぼしています。1954年、備前焼二人目の国指定重要文化財(人間国宝)保持者となり、1958年には日本工芸会理事に。1977年に岡山県備前市に藤原啓記念館を設立しました。
主な受賞歴・・・岡山県文化賞、山陽新聞賞、中国文化賞、備前市名誉市民、岡山県名誉県民、没後従五位勲三等瑞宝章受賞
主な受賞歴・・・岡山県文化賞、山陽新聞賞、中国文化賞、備前市名誉市民、岡山県名誉県民、没後従五位勲三等瑞宝章受賞 豪放磊落で優しさが滲み出るような温かな作風で万人に愛された、藤原 啓先生の登り窯焼成による落ち着いた色調の緋襷が特徴的な徳利です。全体が緋色がかっており、もっちりとした雰囲気のある土味となっています。啓先生らしい愛嬌のあるらっきょう型のフォルムも愛らしく、少し崩れた感じが何とも言えない味わいをつくり上げています。小振りの徳利で晩酌に丁度良い大きさで、じっくりと時間をかけて育てていきたくなる作品です。
底部に小さな窯疵がございますので予めご了承下さいませ。 敬介識箱(四方桟)
口縁3.2cm×胴径8.6cm×胴径8.5cm×高さ12.2cm 容量 約280cc 藤原 啓先生(1899年〜1983年 岡山県備前市生まれ)は、備前市穂浪在住の国文学者 正宗敦夫氏の進めで備前焼の道へ。三村梅景氏にろくろ成形などの手ほどきを受け、1941年からは、同じ人間国宝の金重陶陽先生に焼成法などを学び、陶技の腕を磨きました。鎌倉・室町の雑器に見られる素朴さや豪放さに倣い、おおらかで明快な作風の壺や花器を製作されていました。若い時代に吸収した芸術に対する教養が作品に影響を及ぼしています。1954年、備前焼二人目の国指定重要文化財(人間国宝)保持者となり、1958年には日本工芸会理事に。1977年に岡山県備前市に藤原啓記念館を設立しました。
主な受賞歴・・・岡山県文化賞、山陽新聞賞、中国文化賞、備前市名誉市民、岡山県名誉県民、没後従五位勲三等瑞宝章受賞
