No. 5922
備前緋襷徳利
¥180,000
売約済み作品説明
天才陶工と呼ばれた実兄の金重陶陽先生の助手としてキャリアをスタートさせ、
備前の名工として人々に愛される作品を手掛けた金重素山先生の備前緋襷徳利です。
齢五十歳の半ば頃より円山窯にて本格的に備前焼を手掛け始めた素山先生ですが、
本作は六十歳から七十歳にかけて制作された作品であると推測され、
素山先生の代名詞の一つである電気窯における緋襷焼成の徳利となっています。
電気焼成と同時に薪焼成も可能な特注の電気窯によってじっくりと焼き締められており、
濃厚な色合いとしっとりとした土肌が特注電気窯の最大の特徴となっています。
素山緋襷の真骨頂でもある柔らかなもぐさ色の土味も素晴らしく、
その美しさや味わい深さはまさしく香り立つような風雅があり、
電気窯焼成による緋襷の完成を見た金重素山先生の笑みを想像してしまいます。
造形面での特徴としては大らかな作風の中にも緊張感のある土の立ち上がりを内包しており、
この作品で言えば首と胴のバランスの見事さの一言に尽きるでしょう。
胴の部分は兄と共に古陶磁を研究した素山先生らしいパーフェクトなアールを描いており、
そこから肩と口縁へと収束していく際のバランス感は天才的としか言いようがありません。
首にはマフラーのように緋襷が厚めに掛けられているのも、
口縁部への流れるような変形のカタルシスをより一層爽快感のあるものへとパワーアップさせており、
幾度かの電気窯焼成を経て緋襷焼成の真髄を掴んだ頃の作品であると思われます。
備前の名工として人々に愛される作品を手掛けた金重素山先生の備前緋襷徳利です。
齢五十歳の半ば頃より円山窯にて本格的に備前焼を手掛け始めた素山先生ですが、
本作は六十歳から七十歳にかけて制作された作品であると推測され、
素山先生の代名詞の一つである電気窯における緋襷焼成の徳利となっています。
電気焼成と同時に薪焼成も可能な特注の電気窯によってじっくりと焼き締められており、
濃厚な色合いとしっとりとした土肌が特注電気窯の最大の特徴となっています。
素山緋襷の真骨頂でもある柔らかなもぐさ色の土味も素晴らしく、
その美しさや味わい深さはまさしく香り立つような風雅があり、
電気窯焼成による緋襷の完成を見た金重素山先生の笑みを想像してしまいます。
造形面での特徴としては大らかな作風の中にも緊張感のある土の立ち上がりを内包しており、
この作品で言えば首と胴のバランスの見事さの一言に尽きるでしょう。
胴の部分は兄と共に古陶磁を研究した素山先生らしいパーフェクトなアールを描いており、
そこから肩と口縁へと収束していく際のバランス感は天才的としか言いようがありません。
首にはマフラーのように緋襷が厚めに掛けられているのも、
口縁部への流れるような変形のカタルシスをより一層爽快感のあるものへとパワーアップさせており、
幾度かの電気窯焼成を経て緋襷焼成の真髄を掴んだ頃の作品であると思われます。
作品情報
- 器種
- 徳利
- 寸法
- W10.4cm×10.3cm×H15.1cm 530cc
- 商品説明より
- 共箱(四方桟)
口縁3.8cm×胴径10.4cm×胴径10.3cm×高さ15.1cm 容量約530cc
作家紹介・陶歴
金重素山先生(1909年〜1995年)は備前焼人間国宝の金重陶陽先生の実弟で、1951年頃までは一緒に作陶されていました。
その後、京都大本教への奉仕活動に従事し、備前焼以外の技法も研究されました。
1964年には岡山市円山に登り窯を築窯し独立されました。
1966年に電気窯による緋襷焼成を完成させました。
1982年には伊部に工房を移し、牛神下窯を築窯されました。
1983年に岡山県指定重要無形文化財保持者に認定されました。
1995年に逝去されました。
主な受賞歴・・・三木記念賞、山陽新聞社文化賞、文化庁長官賞、岡山県文化賞、勲四等旭日小綬章
その後、京都大本教への奉仕活動に従事し、備前焼以外の技法も研究されました。
1964年には岡山市円山に登り窯を築窯し独立されました。
1966年に電気窯による緋襷焼成を完成させました。
1982年には伊部に工房を移し、牛神下窯を築窯されました。
1983年に岡山県指定重要無形文化財保持者に認定されました。
1995年に逝去されました。
主な受賞歴・・・三木記念賞、山陽新聞社文化賞、文化庁長官賞、岡山県文化賞、勲四等旭日小綬章
