No. 6118
備前盃
¥48,000
売約済み作品説明
備前の偉大なる功労者、桂 又三郎先生と共に古備前を研究され、
「末恐ろしい」と言われた鬼才、原田拾六先生の前作の備前盃(酒呑、ぐい呑)です。
箱の状態や同封されている陶歴書などからみて、
平成の初期頃に制作された盃であると思われます。
古備前研究で培った知識と技術を詰め込んだ馬上杯型の酒盃で、
現在の拾六先生の作品ではあまり見ることのない独特なデザインが面白いです。
盃部分は轆轤成形による薄造りかつオーソドックスなものとなっており、
現在の紐作り主体の厚みのあるデザインとは違った趣きがあります。
特筆すべきはやはりボリュームのある台座部分で、
上部と同様かもしくはそれ以上の粘土量を使用しており、
勢いの良い三角透かしと相まって圧倒的な存在感があります。
更に口縁部は虫食いのように縁を削ぎ落とされており、
作品の持つ圧倒的な存在感にさらにもう一捻り加えています。
陶印は通常の彫り込みではなく、藁灰によって筆書きされており、
焼成することで鉄絵のように「六」の字が浮かび上がっています。
前作ですが汚れや使用感などはございません。
「末恐ろしい」と言われた鬼才、原田拾六先生の前作の備前盃(酒呑、ぐい呑)です。
箱の状態や同封されている陶歴書などからみて、
平成の初期頃に制作された盃であると思われます。
古備前研究で培った知識と技術を詰め込んだ馬上杯型の酒盃で、
現在の拾六先生の作品ではあまり見ることのない独特なデザインが面白いです。
盃部分は轆轤成形による薄造りかつオーソドックスなものとなっており、
現在の紐作り主体の厚みのあるデザインとは違った趣きがあります。
特筆すべきはやはりボリュームのある台座部分で、
上部と同様かもしくはそれ以上の粘土量を使用しており、
勢いの良い三角透かしと相まって圧倒的な存在感があります。
更に口縁部は虫食いのように縁を削ぎ落とされており、
作品の持つ圧倒的な存在感にさらにもう一捻り加えています。
陶印は通常の彫り込みではなく、藁灰によって筆書きされており、
焼成することで鉄絵のように「六」の字が浮かび上がっています。
前作ですが汚れや使用感などはございません。
作品情報
- 器種
- ぐい呑
- 寸法
- W9.4cm×8.7cm×H9.2cm
- 商品説明より
- 共箱(四方桟)
径9.4cm×8.7cm×高さ9.2cm
作家紹介・陶歴
原田拾六先生は1941年に岡山県備前市で生まれました。
明治大学卒業後に会社勤めをされていましたが、1969年頃から作陶をはじめました。
1971年に小穴窯、その翌年には登り窯を築き本格的に作陶を開始されました。
1975年から古備前研究家の桂又三郎氏の指導で古窯跡を尋ね古備前を研究しました。
1991年に牛窓・阿弥陀山に穴窯を築きました。
特に擂鉢を得意とされており、花器や茶器や酒器を紐づくりを中心に一部轆轤挽きによって制作されています。
東京や大阪など全国各地で個展を開催されています。
1983年にはオーストラリア国立民族博物館で、布志名焼の舟木研児先生と二人展を開催されました。
2000年には日本陶磁協会賞を受賞されました。
2002年岐阜県現代陶芸美術館開館記念展に出品され、作品が収蔵されました。
2005年にはアメリカ・ニューオリンズ・ミュージアムオブアートに作品が収蔵されています。
2024年に逝去されました。
明治大学卒業後に会社勤めをされていましたが、1969年頃から作陶をはじめました。
1971年に小穴窯、その翌年には登り窯を築き本格的に作陶を開始されました。
1975年から古備前研究家の桂又三郎氏の指導で古窯跡を尋ね古備前を研究しました。
1991年に牛窓・阿弥陀山に穴窯を築きました。
特に擂鉢を得意とされており、花器や茶器や酒器を紐づくりを中心に一部轆轤挽きによって制作されています。
東京や大阪など全国各地で個展を開催されています。
1983年にはオーストラリア国立民族博物館で、布志名焼の舟木研児先生と二人展を開催されました。
2000年には日本陶磁協会賞を受賞されました。
2002年岐阜県現代陶芸美術館開館記念展に出品され、作品が収蔵されました。
2005年にはアメリカ・ニューオリンズ・ミュージアムオブアートに作品が収蔵されています。
2024年に逝去されました。
