No. 6134
備前ぐい呑
¥50,000
売約済み作品説明
備前の偉大なる功労者、桂 又三郎先生と共に古備前を研究され、
「末恐ろしい」と言われた鬼才、原田拾六先生の前作の備前酒呑です。
箱の状態や同封されている陶歴書などからみて、
昭和末期から平成の初期にかけて制作した酒呑であると思われます。
古備前研究で培った知識と技術を詰め込んだ濃厚な肌合いは絶品で、
現在ではあまり見られない柔らかく初な土味が楽しめる酒呑です。
本作は紐作りではなく轆轤による制作となっていますが、
原田拾六先生らしさは失わず非常に豪快な造形となっています。
やや厚手に轆轤挽きした後に、口縁部から下は全て箆で削り落としており、
現在の拾六先生の鎬作品の源流とも言えるデザインとなっています。
口縁部には現在の拾六先生の焼きを彷彿とさせる緑色のカセ胡麻が、
対する土味の面でも一部がまるで濡れたような光沢を得ており、
独特の焼成と造形の胎動を感じられる面白い作品となっています。
前作ですが汚れや使用感などはございません。
「末恐ろしい」と言われた鬼才、原田拾六先生の前作の備前酒呑です。
箱の状態や同封されている陶歴書などからみて、
昭和末期から平成の初期にかけて制作した酒呑であると思われます。
古備前研究で培った知識と技術を詰め込んだ濃厚な肌合いは絶品で、
現在ではあまり見られない柔らかく初な土味が楽しめる酒呑です。
本作は紐作りではなく轆轤による制作となっていますが、
原田拾六先生らしさは失わず非常に豪快な造形となっています。
やや厚手に轆轤挽きした後に、口縁部から下は全て箆で削り落としており、
現在の拾六先生の鎬作品の源流とも言えるデザインとなっています。
口縁部には現在の拾六先生の焼きを彷彿とさせる緑色のカセ胡麻が、
対する土味の面でも一部がまるで濡れたような光沢を得ており、
独特の焼成と造形の胎動を感じられる面白い作品となっています。
前作ですが汚れや使用感などはございません。
作品情報
- 器種
- ぐい呑
- 寸法
- W7.8cm×7.3cm×H5.6cm
- 商品説明より
- 共箱(四方桟)
径7.8cm×7.3cm×高さ5.6cm
作家紹介・陶歴
原田拾六先生は1941年に岡山県備前市で生まれました。
明治大学卒業後に会社勤めをされていましたが、1969年頃から作陶をはじめました。
1971年に小穴窯、その翌年には登り窯を築き本格的に作陶を開始されました。
1975年から古備前研究家の桂又三郎氏の指導で古窯跡を尋ね古備前を研究しました。
1991年に牛窓・阿弥陀山に穴窯を築きました。
特に擂鉢を得意とされており、花器や茶器や酒器を紐づくりを中心に一部轆轤挽きによって制作されています。
東京や大阪など全国各地で個展を開催されています。
1983年にはオーストラリア国立民族博物館で、布志名焼の舟木研児先生と二人展を開催されました。
2000年には日本陶磁協会賞を受賞されました。
2002年岐阜県現代陶芸美術館開館記念展に出品され、作品が収蔵されました。
2005年にはアメリカ・ニューオリンズ・ミュージアムオブアートに作品が収蔵されています。
2024年に逝去されました。
明治大学卒業後に会社勤めをされていましたが、1969年頃から作陶をはじめました。
1971年に小穴窯、その翌年には登り窯を築き本格的に作陶を開始されました。
1975年から古備前研究家の桂又三郎氏の指導で古窯跡を尋ね古備前を研究しました。
1991年に牛窓・阿弥陀山に穴窯を築きました。
特に擂鉢を得意とされており、花器や茶器や酒器を紐づくりを中心に一部轆轤挽きによって制作されています。
東京や大阪など全国各地で個展を開催されています。
1983年にはオーストラリア国立民族博物館で、布志名焼の舟木研児先生と二人展を開催されました。
2000年には日本陶磁協会賞を受賞されました。
2002年岐阜県現代陶芸美術館開館記念展に出品され、作品が収蔵されました。
2005年にはアメリカ・ニューオリンズ・ミュージアムオブアートに作品が収蔵されています。
2024年に逝去されました。
