No. 6236
火襷小徳利
¥88,000
売約済み作品説明
備前の偉大なる功労者、桂 又三郎先生と共に古備前を研究され、
「末恐ろしい」と言われた鬼才、原田拾六先生の備前火襷小徳利です。
拾六先生がご自身の窯で焼成されていた作品の中でも最後期の窯の作品で、
一般的な緋襷作品に代表される優美なイメージを覆す、
キンキンに焼き締まった非常に硬質な緋襷が特徴の徳利です。
穴窯の中で匣鉢の中など直接火の当たらない場所で焼かれており、
僅かに黄色味を含んだ白肌に、焼き抜かれて臙脂色になった緋襷が焼き付いています。
胴部には僅かに侵入した熱風による細かい飛び胡麻の形跡があり、
古備前緋襷作品を彷彿とさせる素敵なアクセントになっています。
紐作りで作られた胴部は鞣すように非常に細かい箆目が入れられており、
まるで肩から先端に向かって引き絞られているようにも見え、
徹底した作り込みに裏打ちされた豪快な拾六イズムを楽しむことが出来ます。
使いやすさの面でもしっかりと配慮されており、
程よい手取りの軽さと柔らかな肌合いが相まって、
ついつい呑み過ぎてしまいそうになります。
「末恐ろしい」と言われた鬼才、原田拾六先生の備前火襷小徳利です。
拾六先生がご自身の窯で焼成されていた作品の中でも最後期の窯の作品で、
一般的な緋襷作品に代表される優美なイメージを覆す、
キンキンに焼き締まった非常に硬質な緋襷が特徴の徳利です。
穴窯の中で匣鉢の中など直接火の当たらない場所で焼かれており、
僅かに黄色味を含んだ白肌に、焼き抜かれて臙脂色になった緋襷が焼き付いています。
胴部には僅かに侵入した熱風による細かい飛び胡麻の形跡があり、
古備前緋襷作品を彷彿とさせる素敵なアクセントになっています。
紐作りで作られた胴部は鞣すように非常に細かい箆目が入れられており、
まるで肩から先端に向かって引き絞られているようにも見え、
徹底した作り込みに裏打ちされた豪快な拾六イズムを楽しむことが出来ます。
使いやすさの面でもしっかりと配慮されており、
程よい手取りの軽さと柔らかな肌合いが相まって、
ついつい呑み過ぎてしまいそうになります。
作品情報
- 器種
- 徳利
- 寸法
- W8.7cm×8.6cm×H12.1cm 250㏄
- 桐箱とサイズについて
- 共箱後日(恐れ入りますが発送までしばらくお時間がかかります。)
口縁4.1cm×胴径8.7cm×胴径8.6cm×高さ12.1cm 容量 約250㏄
作家紹介・陶歴
原田拾六先生は1941年に岡山県備前市で生まれました。
明治大学卒業後に会社勤めをされていましたが、1969年頃から作陶をはじめました。
1971年に小穴窯、その翌年には登り窯を築き本格的に作陶を開始されました。
1975年から古備前研究家の桂又三郎氏の指導で古窯跡を尋ね古備前を研究しました。
1991年に牛窓・阿弥陀山に穴窯を築きました。
特に擂鉢を得意とされており、花器や茶器や酒器を紐づくりを中心に一部轆轤挽きによって制作されています。
東京や大阪など全国各地で個展を開催されています。
1983年にはオーストラリア国立民族博物館で、布志名焼の舟木研児先生と二人展を開催されました。
2000年には日本陶磁協会賞を受賞されました。
2002年岐阜県現代陶芸美術館開館記念展に出品され、作品が収蔵されました。
2005年にはアメリカ・ニューオリンズ・ミュージアムオブアートに作品が収蔵されています。
2024年に逝去されました。
明治大学卒業後に会社勤めをされていましたが、1969年頃から作陶をはじめました。
1971年に小穴窯、その翌年には登り窯を築き本格的に作陶を開始されました。
1975年から古備前研究家の桂又三郎氏の指導で古窯跡を尋ね古備前を研究しました。
1991年に牛窓・阿弥陀山に穴窯を築きました。
特に擂鉢を得意とされており、花器や茶器や酒器を紐づくりを中心に一部轆轤挽きによって制作されています。
東京や大阪など全国各地で個展を開催されています。
1983年にはオーストラリア国立民族博物館で、布志名焼の舟木研児先生と二人展を開催されました。
2000年には日本陶磁協会賞を受賞されました。
2002年岐阜県現代陶芸美術館開館記念展に出品され、作品が収蔵されました。
2005年にはアメリカ・ニューオリンズ・ミュージアムオブアートに作品が収蔵されています。
2024年に逝去されました。
