No. 6712
備前ぐい呑
¥66,000
売約済み作品説明
備前の偉大なる功労者、桂 又三郎先生と共に古備前を研究され、
「末恐ろしい」と言われた鬼才、原田拾六先生の備前ぐい呑(酒呑)です。
拾六先生がご自身の窯で焼成されていた作品の中でも最後期の窯の作品で、
豪快に藁を巻き付けて生み出した糸胡麻の景色が古備前を彷彿とさせます。
古備前研究で培った知識と技術を詰め込んだ濃厚な肌合いは絶品で、
まるで油絵の具のように濃厚な緋襷と、乾ききったマットな土肌の対比が素晴らしいです。
巻きつけられた藁は胴部では密封状態に近かったのか前述の濃厚な緋襷となっていますが、
口縁部では窯内の熱風の中に漂う自然釉と混ざり合って激渋の糸胡麻になっています。
紐作りによる圧倒的な存在感のある造形も魅力で、
小石を巻き込みながらささくれた肌や叩き斬るような箆削りなど、
野趣溢れる造形がファンにはたまらない仕上がりではないでしょうか。
掌の中では岩石のような抜群の存在感がありますが、
重すぎる事はなく酒呑としてちゃんと使える範疇に収まっています。
高台部分は作りっぱなしのあばた高台になっており、
若干座りが悪くなっていますが使用上問題はございませんのでご了承下さい。
「末恐ろしい」と言われた鬼才、原田拾六先生の備前ぐい呑(酒呑)です。
拾六先生がご自身の窯で焼成されていた作品の中でも最後期の窯の作品で、
豪快に藁を巻き付けて生み出した糸胡麻の景色が古備前を彷彿とさせます。
古備前研究で培った知識と技術を詰め込んだ濃厚な肌合いは絶品で、
まるで油絵の具のように濃厚な緋襷と、乾ききったマットな土肌の対比が素晴らしいです。
巻きつけられた藁は胴部では密封状態に近かったのか前述の濃厚な緋襷となっていますが、
口縁部では窯内の熱風の中に漂う自然釉と混ざり合って激渋の糸胡麻になっています。
紐作りによる圧倒的な存在感のある造形も魅力で、
小石を巻き込みながらささくれた肌や叩き斬るような箆削りなど、
野趣溢れる造形がファンにはたまらない仕上がりではないでしょうか。
掌の中では岩石のような抜群の存在感がありますが、
重すぎる事はなく酒呑としてちゃんと使える範疇に収まっています。
高台部分は作りっぱなしのあばた高台になっており、
若干座りが悪くなっていますが使用上問題はございませんのでご了承下さい。
作品情報
- 器種
- ぐい呑
- 寸法
- W6.5cm×6.1cm×H6.4cm
- 商品説明より
- 共箱(四方桟)
径6.5cm×6.1cm×高さ6.4cm
作家紹介・陶歴
原田拾六先生は1941年に岡山県備前市で生まれました。
明治大学卒業後に会社勤めをされていましたが、1969年頃から作陶をはじめました。
1971年に小穴窯、その翌年には登り窯を築き本格的に作陶を開始されました。
1975年から古備前研究家の桂又三郎氏の指導で古窯跡を尋ね古備前を研究しました。
1991年に牛窓・阿弥陀山に穴窯を築きました。
特に擂鉢を得意とされており、花器や茶器や酒器を紐づくりを中心に一部轆轤挽きによって制作されています。
東京や大阪など全国各地で個展を開催されています。
1983年にはオーストラリア国立民族博物館で、布志名焼の舟木研児先生と二人展を開催されました。
2000年には日本陶磁協会賞を受賞されました。
2002年岐阜県現代陶芸美術館開館記念展に出品され、作品が収蔵されました。
2005年にはアメリカ・ニューオリンズ・ミュージアムオブアートに作品が収蔵されています。
2024年に逝去されました。
明治大学卒業後に会社勤めをされていましたが、1969年頃から作陶をはじめました。
1971年に小穴窯、その翌年には登り窯を築き本格的に作陶を開始されました。
1975年から古備前研究家の桂又三郎氏の指導で古窯跡を尋ね古備前を研究しました。
1991年に牛窓・阿弥陀山に穴窯を築きました。
特に擂鉢を得意とされており、花器や茶器や酒器を紐づくりを中心に一部轆轤挽きによって制作されています。
東京や大阪など全国各地で個展を開催されています。
1983年にはオーストラリア国立民族博物館で、布志名焼の舟木研児先生と二人展を開催されました。
2000年には日本陶磁協会賞を受賞されました。
2002年岐阜県現代陶芸美術館開館記念展に出品され、作品が収蔵されました。
2005年にはアメリカ・ニューオリンズ・ミュージアムオブアートに作品が収蔵されています。
2024年に逝去されました。
