No. 6862
備前ワイン盃
¥66,000
売約済み作品説明
備前の偉大なる功労者、桂 又三郎先生と共に古備前を研究され、
「末恐ろしい」と言われた鬼才、原田拾六先生の備前ワイン盃です。
古備前研究で培った知識と技術を詰め込んだワイングラス型の作品で、
拾六先生の作品の中でもあまり見ることのない独特なデザインが面白いです。
盃部分は轆轤成形による薄造りかつオーソドックスなものとなっており、
拾六先生の紐作り主体の厚みのあるデザインとは違った趣きがあります。
特筆すべきはやはり非常にボリューム感のある脚部で、
轆轤の上で削り出して制作された重厚感のあるデザインは、
まるで仁王像が持つ金剛杵のような雰囲気すらあります。
上部と下部でそれぞれ被せ焼きによって景色を変えており、
上部は白が強く出る土の特性を生かしたキャラメルブラウンの土味の上で、
黄胡麻糸胡麻と鮮やかな緋襷が交差しています。
逆に下部は直接火を当てずに焼き上げており、
カラッと焼き上がった白い土味に緋襷が強烈に焼き付けられています。
「末恐ろしい」と言われた鬼才、原田拾六先生の備前ワイン盃です。
古備前研究で培った知識と技術を詰め込んだワイングラス型の作品で、
拾六先生の作品の中でもあまり見ることのない独特なデザインが面白いです。
盃部分は轆轤成形による薄造りかつオーソドックスなものとなっており、
拾六先生の紐作り主体の厚みのあるデザインとは違った趣きがあります。
特筆すべきはやはり非常にボリューム感のある脚部で、
轆轤の上で削り出して制作された重厚感のあるデザインは、
まるで仁王像が持つ金剛杵のような雰囲気すらあります。
上部と下部でそれぞれ被せ焼きによって景色を変えており、
上部は白が強く出る土の特性を生かしたキャラメルブラウンの土味の上で、
黄胡麻糸胡麻と鮮やかな緋襷が交差しています。
逆に下部は直接火を当てずに焼き上げており、
カラッと焼き上がった白い土味に緋襷が強烈に焼き付けられています。
作品情報
- 器種
- 細工物・その他
- 寸法
- W8.5cm×8.3cm×H15.7cm
- 商品説明より
- 共箱(四方桟)
径8.5cm×8.3cm×高さ15.7cm
作家紹介・陶歴
原田拾六先生は1941年に岡山県備前市で生まれました。
明治大学卒業後に会社勤めをされていましたが、1969年頃から作陶をはじめました。
1971年に小穴窯、その翌年には登り窯を築き本格的に作陶を開始されました。
1975年から古備前研究家の桂又三郎氏の指導で古窯跡を尋ね古備前を研究しました。
1991年に牛窓・阿弥陀山に穴窯を築きました。
特に擂鉢を得意とされており、花器や茶器や酒器を紐づくりを中心に一部轆轤挽きによって制作されています。
東京や大阪など全国各地で個展を開催されています。
1983年にはオーストラリア国立民族博物館で、布志名焼の舟木研児先生と二人展を開催されました。
2000年には日本陶磁協会賞を受賞されました。
2002年岐阜県現代陶芸美術館開館記念展に出品され、作品が収蔵されました。
2005年にはアメリカ・ニューオリンズ・ミュージアムオブアートに作品が収蔵されています。
2024年に逝去されました。
明治大学卒業後に会社勤めをされていましたが、1969年頃から作陶をはじめました。
1971年に小穴窯、その翌年には登り窯を築き本格的に作陶を開始されました。
1975年から古備前研究家の桂又三郎氏の指導で古窯跡を尋ね古備前を研究しました。
1991年に牛窓・阿弥陀山に穴窯を築きました。
特に擂鉢を得意とされており、花器や茶器や酒器を紐づくりを中心に一部轆轤挽きによって制作されています。
東京や大阪など全国各地で個展を開催されています。
1983年にはオーストラリア国立民族博物館で、布志名焼の舟木研児先生と二人展を開催されました。
2000年には日本陶磁協会賞を受賞されました。
2002年岐阜県現代陶芸美術館開館記念展に出品され、作品が収蔵されました。
2005年にはアメリカ・ニューオリンズ・ミュージアムオブアートに作品が収蔵されています。
2024年に逝去されました。
