No. 7168
備前小徳利
¥176,000
売約済み作品説明
備前の偉大なる功労者、桂 又三郎先生と共に古備前を研究され、
「末恐ろしい」と言われた鬼才、原田拾六先生の備前小徳利です。
作風や箱書きから見て平成中期頃に制作されたものと思われます。
拾六先生がご自身の窯で焼成されていた作品の中でも後期の窯の作品で、
古備前研究で培った知識と技術を詰め込んだ重厚な景色が特徴となっています。
ねっとりと濃厚な紫蘇色の土味は拾六先生のトレードマークとも言えるもので、
土をいじめ抜いてもなお残る、粘土の生命力を感じさせてくれます。
被せ焼きになった部分は逆に枯れ果てて乾ききった土味が展開されており、
すぐにでも酒を擦り込んで助けてやりたくなる風情があります。
一見すると小振りでけれん味の無い素直な造形ですが、
紐作り筒輪積みによる轆轤目と呼ぶにはあまりにも大胆な土の起こりが刻まれており、
粘土を指で締め上げる作者の荒々しい息遣いが今にも聞こえてきそうです。
酒を入れたらたっぷりと可愛がって、後は雑に放ったらかして乾かして、
風雨に晒されてそのうち土へ還っていけばいい、そういう風に思わせてくれる徳利です。
前作ですが使用感や汚れなどはございません。
「末恐ろしい」と言われた鬼才、原田拾六先生の備前小徳利です。
作風や箱書きから見て平成中期頃に制作されたものと思われます。
拾六先生がご自身の窯で焼成されていた作品の中でも後期の窯の作品で、
古備前研究で培った知識と技術を詰め込んだ重厚な景色が特徴となっています。
ねっとりと濃厚な紫蘇色の土味は拾六先生のトレードマークとも言えるもので、
土をいじめ抜いてもなお残る、粘土の生命力を感じさせてくれます。
被せ焼きになった部分は逆に枯れ果てて乾ききった土味が展開されており、
すぐにでも酒を擦り込んで助けてやりたくなる風情があります。
一見すると小振りでけれん味の無い素直な造形ですが、
紐作り筒輪積みによる轆轤目と呼ぶにはあまりにも大胆な土の起こりが刻まれており、
粘土を指で締め上げる作者の荒々しい息遣いが今にも聞こえてきそうです。
酒を入れたらたっぷりと可愛がって、後は雑に放ったらかして乾かして、
風雨に晒されてそのうち土へ還っていけばいい、そういう風に思わせてくれる徳利です。
前作ですが使用感や汚れなどはございません。
作品情報
- 器種
- 徳利
- 寸法
- W8.0cm×8.0cm×H11.2cm 210㏄
- 商品説明より
- 共箱(四方桟)
口縁3.7cm×胴径8.0cm×胴径8.0cm×高さ11.2cm 容量 約210㏄
作家紹介・陶歴
原田拾六先生は1941年に岡山県備前市で生まれました。
明治大学卒業後に会社勤めをされていましたが、1969年頃から作陶をはじめました。
1971年に小穴窯、その翌年には登り窯を築き本格的に作陶を開始されました。
1975年から古備前研究家の桂又三郎氏の指導で古窯跡を尋ね古備前を研究しました。
1991年に牛窓・阿弥陀山に穴窯を築きました。
特に擂鉢を得意とされており、花器や茶器や酒器を紐づくりを中心に一部轆轤挽きによって制作されています。
東京や大阪など全国各地で個展を開催されています。
1983年にはオーストラリア国立民族博物館で、布志名焼の舟木研児先生と二人展を開催されました。
2000年には日本陶磁協会賞を受賞されました。
2002年岐阜県現代陶芸美術館開館記念展に出品され、作品が収蔵されました。
2005年にはアメリカ・ニューオリンズ・ミュージアムオブアートに作品が収蔵されています。
2024年に逝去されました。
明治大学卒業後に会社勤めをされていましたが、1969年頃から作陶をはじめました。
1971年に小穴窯、その翌年には登り窯を築き本格的に作陶を開始されました。
1975年から古備前研究家の桂又三郎氏の指導で古窯跡を尋ね古備前を研究しました。
1991年に牛窓・阿弥陀山に穴窯を築きました。
特に擂鉢を得意とされており、花器や茶器や酒器を紐づくりを中心に一部轆轤挽きによって制作されています。
東京や大阪など全国各地で個展を開催されています。
1983年にはオーストラリア国立民族博物館で、布志名焼の舟木研児先生と二人展を開催されました。
2000年には日本陶磁協会賞を受賞されました。
2002年岐阜県現代陶芸美術館開館記念展に出品され、作品が収蔵されました。
2005年にはアメリカ・ニューオリンズ・ミュージアムオブアートに作品が収蔵されています。
2024年に逝去されました。
