No. 7301
備前小徳利
¥176,000
売約済み作品説明
備前の偉大なる功労者、桂 又三郎先生と共に古備前を研究され、
「末恐ろしい」と言われた鬼才、原田拾六先生の備前小徳利です。
作風や箱書きから見て20年ほど前に制作された徳利であると思われます。
拾六先生がご自身の窯で焼成されていた作品の中でも後期の窯の作品で、
古備前研究で培った知識と技術を詰め込んだ重厚な景色が特徴となっています。
古備前研究で培った知識と技術を詰め込んだ豪快は肌合いは絶品で
最近作の特徴である青色掛かったカセ胡麻は一目で拾六先生と分かる仕上がりです。
また、拾六先生のもう一つの代名詞とも言える濃厚な紫蘇色の土味も発現しており、
極上の色気を放つ紫蘇色が酒で磨き上げられ、いつの日か古備前に比肩する極上の味わいへと至るでしょう。
筒輪積みと呼ばれるチューブ状の粘土を積み上げて成形する方法が採用されており、
胴部にはその時の繋ぎ目が薄っすらと残っています。
一目で拾六先生と分かる重厚な存在感のある徳利ですが、
あくまでも重くならないよう程良い厚さに留めて成形されており、
重厚な存在感は損なうことなく使いやすさも手に入れています。
前作ですが使用感や汚れなどはございません。
「末恐ろしい」と言われた鬼才、原田拾六先生の備前小徳利です。
作風や箱書きから見て20年ほど前に制作された徳利であると思われます。
拾六先生がご自身の窯で焼成されていた作品の中でも後期の窯の作品で、
古備前研究で培った知識と技術を詰め込んだ重厚な景色が特徴となっています。
古備前研究で培った知識と技術を詰め込んだ豪快は肌合いは絶品で
最近作の特徴である青色掛かったカセ胡麻は一目で拾六先生と分かる仕上がりです。
また、拾六先生のもう一つの代名詞とも言える濃厚な紫蘇色の土味も発現しており、
極上の色気を放つ紫蘇色が酒で磨き上げられ、いつの日か古備前に比肩する極上の味わいへと至るでしょう。
筒輪積みと呼ばれるチューブ状の粘土を積み上げて成形する方法が採用されており、
胴部にはその時の繋ぎ目が薄っすらと残っています。
一目で拾六先生と分かる重厚な存在感のある徳利ですが、
あくまでも重くならないよう程良い厚さに留めて成形されており、
重厚な存在感は損なうことなく使いやすさも手に入れています。
前作ですが使用感や汚れなどはございません。
作品情報
- 器種
- 徳利
- 寸法
- W8.0cm×8.0cm×H11.3cm 180㏄
- 商品説明より
- 共箱(四方桟)
口縁3.5cm×胴径8.0cm×胴径8.0cm×高さ11.3cm 容量 約180㏄
作家紹介・陶歴
原田拾六先生は1941年に岡山県備前市で生まれました。
明治大学卒業後に会社勤めをされていましたが、1969年頃から作陶をはじめました。
1971年に小穴窯、その翌年には登り窯を築き本格的に作陶を開始されました。
1975年から古備前研究家の桂又三郎氏の指導で古窯跡を尋ね古備前を研究しました。
1991年に牛窓・阿弥陀山に穴窯を築きました。
特に擂鉢を得意とされており、花器や茶器や酒器を紐づくりを中心に一部轆轤挽きによって制作されています。
東京や大阪など全国各地で個展を開催されています。
1983年にはオーストラリア国立民族博物館で、布志名焼の舟木研児先生と二人展を開催されました。
2000年には日本陶磁協会賞を受賞されました。
2002年岐阜県現代陶芸美術館開館記念展に出品され、作品が収蔵されました。
2005年にはアメリカ・ニューオリンズ・ミュージアムオブアートに作品が収蔵されています。
2024年に逝去されました。
明治大学卒業後に会社勤めをされていましたが、1969年頃から作陶をはじめました。
1971年に小穴窯、その翌年には登り窯を築き本格的に作陶を開始されました。
1975年から古備前研究家の桂又三郎氏の指導で古窯跡を尋ね古備前を研究しました。
1991年に牛窓・阿弥陀山に穴窯を築きました。
特に擂鉢を得意とされており、花器や茶器や酒器を紐づくりを中心に一部轆轤挽きによって制作されています。
東京や大阪など全国各地で個展を開催されています。
1983年にはオーストラリア国立民族博物館で、布志名焼の舟木研児先生と二人展を開催されました。
2000年には日本陶磁協会賞を受賞されました。
2002年岐阜県現代陶芸美術館開館記念展に出品され、作品が収蔵されました。
2005年にはアメリカ・ニューオリンズ・ミュージアムオブアートに作品が収蔵されています。
2024年に逝去されました。
