No. 8060
備前小徳利
¥176,000
売約済み作品説明
備前の偉大なる功労者、桂 又三郎先生と共に古備前を研究され、
「末恐ろしい」と言われた鬼才、原田拾六先生の備前小徳利です。
平成25年までの陶歴書が同封されており、その頃に制作された作品と思われます。
拾六先生がご自身の窯で焼成されていた作品の中でも最後期の作品で、
重厚な土肌に豪快な自然釉が掛かっており、拾六備前の特徴的な焼成となっています。
古備前研究で培った知識と技術を詰め込んだ豪快な焼き上がりは見事というほかなく、
晩年期の特徴である黄緑がかった胡麻の上に、さらに岩肌のような質感の焦げ胡麻が乗っています。
また、拾六先生のもう一つの代名詞ともいえる濃厚な土味もまた見事で、
極上の色気を放つ土味が酒で磨き上げられれば、いつの日にか古備前をも超えるのではと期待させます。
本作は紐作りで作品を立ち上げた後に箆でゆっくりと削り出しており、
緩やかな三角形のボディが掌の中で非常に存在感を放ちます。
やや肉厚でどっしりとした徳利ですが、胴部も独特の削りの影響で持ちやすくなっており、
重厚な存在感と使いやすさが見事に同居しています。
焼成当時のままで、使用感や汚れなどはございません。
「末恐ろしい」と言われた鬼才、原田拾六先生の備前小徳利です。
平成25年までの陶歴書が同封されており、その頃に制作された作品と思われます。
拾六先生がご自身の窯で焼成されていた作品の中でも最後期の作品で、
重厚な土肌に豪快な自然釉が掛かっており、拾六備前の特徴的な焼成となっています。
古備前研究で培った知識と技術を詰め込んだ豪快な焼き上がりは見事というほかなく、
晩年期の特徴である黄緑がかった胡麻の上に、さらに岩肌のような質感の焦げ胡麻が乗っています。
また、拾六先生のもう一つの代名詞ともいえる濃厚な土味もまた見事で、
極上の色気を放つ土味が酒で磨き上げられれば、いつの日にか古備前をも超えるのではと期待させます。
本作は紐作りで作品を立ち上げた後に箆でゆっくりと削り出しており、
緩やかな三角形のボディが掌の中で非常に存在感を放ちます。
やや肉厚でどっしりとした徳利ですが、胴部も独特の削りの影響で持ちやすくなっており、
重厚な存在感と使いやすさが見事に同居しています。
焼成当時のままで、使用感や汚れなどはございません。
作品情報
- 器種
- 徳利
- 寸法
- W8.1cm×8.0cm×H11.2cm 250㏄
- 商品説明より
- 共箱(四方桟)
口縁3.8cm×胴径8.1cm×胴径8.0cm×高さ11.2cm 容量 約250㏄
作家紹介・陶歴
原田拾六先生は1941年に岡山県備前市で生まれました。
明治大学卒業後に会社勤めをされていましたが、1969年頃から作陶をはじめました。
1971年に小穴窯、その翌年には登り窯を築き本格的に作陶を開始されました。
1975年から古備前研究家の桂又三郎氏の指導で古窯跡を尋ね古備前を研究しました。
1991年に牛窓・阿弥陀山に穴窯を築きました。
特に擂鉢を得意とされており、花器や茶器や酒器を紐づくりを中心に一部轆轤挽きによって制作されています。
東京や大阪など全国各地で個展を開催されています。
1983年にはオーストラリア国立民族博物館で、布志名焼の舟木研児先生と二人展を開催されました。
2000年には日本陶磁協会賞を受賞されました。
2002年岐阜県現代陶芸美術館開館記念展に出品され、作品が収蔵されました。
2005年にはアメリカ・ニューオリンズ・ミュージアムオブアートに作品が収蔵されています。
2024年に逝去されました。
明治大学卒業後に会社勤めをされていましたが、1969年頃から作陶をはじめました。
1971年に小穴窯、その翌年には登り窯を築き本格的に作陶を開始されました。
1975年から古備前研究家の桂又三郎氏の指導で古窯跡を尋ね古備前を研究しました。
1991年に牛窓・阿弥陀山に穴窯を築きました。
特に擂鉢を得意とされており、花器や茶器や酒器を紐づくりを中心に一部轆轤挽きによって制作されています。
東京や大阪など全国各地で個展を開催されています。
1983年にはオーストラリア国立民族博物館で、布志名焼の舟木研児先生と二人展を開催されました。
2000年には日本陶磁協会賞を受賞されました。
2002年岐阜県現代陶芸美術館開館記念展に出品され、作品が収蔵されました。
2005年にはアメリカ・ニューオリンズ・ミュージアムオブアートに作品が収蔵されています。
2024年に逝去されました。
